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2019.02.25 MON - お知らせ

大山莉加さんの命日に想う

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私の経営してる会社のブログに大山さんの追悼文を書きました。2月25日は一生忘れられない日になってしまいました。

その追悼文です。

2月25日は、ビ・ハイア社の同僚だった大山莉加さんの御命日です。
亡くなられて一年が経ちました。
改めて、大山さんへの追悼の意を表したいと思います。
ご遺族の皆様にも心からのお悔やみを申し上げます。
敢えて私清水の個人的な思いを申し上げます。
私は今も「どうして彼女の兆候に気づき、止めることができなかったのか」と、強い自責の念にかられます。
夜、一人涙を流すことも一度や二度ではありません。

亡くなる前日の夜に「お疲れ様。おやすみなさい。」といつもと変わらない会話を交わしました。
翌日は夕方頃にみんなで会議と食事をするつもりだったのでその時にまた会って話そうと思っていました。

午後15時ごろ、突然私のところに「遺書」というタイトルのメールが届きました。
手分けして大山さんの行方を必死で探したのですが、かないませんでした。
その後の衝撃と悲しみ、苦しみをここに記すことは、私の筆力に余ります。
大山さんは、まだ大学生だった21歳のときにインターンとして私たちと共に働くようになりました。
それから約10年、彼女は営業職としてクライアント企業との折衝に勤勉かつ誠実に働いてくれました。

同僚たちと一緒に中華やステーキ、フレンチ、イタリアンを食べたりしました。大山さんはパンケーキがとても好きで、仕事で良い事があるとご褒美代わりによく一緒に食べに行きました。事務所が青山にあったので大山さんの好きなパンケーキを出すカフェが沢山あり、大山さんのためにみんなでどこのパンケーキが美味しいか調べ回りました。

カラオケがとても好きでアニソンをよく歌っていました。GRANRODEOが大好きで、他にも奥井雅美さんや水樹奈々さんJAM Projectやその時流行っているアニメのオープニング曲をよく歌っていました。

仕事で大阪、京都、名古屋にみんなで一緒にも行きました。みんなで一緒に行った旅行では京都、滋賀、岐阜、富山、北海道、仙台、福島、静岡、福岡、広島、山梨、軽井沢、色んな所に行きました。仕事をしたり、色んな本を読んだり、その姿が蘇ります。

私にとっては家族同然の人であり、実の妹のようにその幸せを願っていました。
大山さんは、いろいろな悩みを抱えながら、私にもそれをよく話してくれました。
私もそれにつきあって夜更けまで話し込んだものでした。
そんな悩みを抱えながらも、いつも健気に笑顔を絶やさない人でした。

そん大山さんの姿が鮮やかに思い出されます。
そんな彼女を失い、いまだ悲しみが癒えることはありません。
この一文を書くのも心が張り裂けるような思いです。

2019年2月25日
ビ・ハイア代表取締役 清水有高

大山莉加さん 一周忌 追悼文
http://be-higher.jp/ceoblog/9089913/

 

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清水 有高

清水 有高Yukou Shimizu

ビ・ハイア株式会社 代表取締役

一月万冊 清水有高(しみずゆうこう)滋賀県出身。元不登校児、母子家庭育ち。ビ・ハイア株式会社代表取締役。滋賀県立大学人間文化学部卒業。ベンチャー役員、上場企業役員などを経験しコーチ、投資家、経営者として活動中。東京大学を始め各種大学でも講演多数。コーチングと読書を経営に活かし営業利益1億円以上、自己資本比率70%の会社を経営。8年間でスタッフ1人あたりの営業利益を100倍以上にする。

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