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2014.03.26 WED - 読書ブログ

やりたいかやりたくないか、は自分の心が決めている。外に原因は存在しない。

苫米地さんの脱洗脳教育論を読んだ。それと講談社学術文庫の釈迦の悟りを読んだ。最近、色んな人と話していて凄く違和感を感じる事がある。やりたい事、やりたくない事という何かが自分の外に存在していて、それと自分の心が接触すると『やりたい事だからやりたいと感じる』『やりたくない事だからやりたくないと感じる』と思っていると言うことだ。要するに、自分の心の外にやりたくない、やりたいという理由の原因が存在してると思ってる。それは間違いで全ては自分の心が生み出してる。

例えばタバコ。タバコが好きな人はニコチン中毒になっているからタバコが好きだ。でも、それも自分で決めていることだ。タバコにニコチンという成分が有り、それに依存しているという理由があるから『タバコが好き』と感じる。タバコを喫煙したいと感じる、のではない。タバコという外部の要因があって、それに心が反応するんじゃない。自分が喫煙したいから喫煙したいと感じる。全ては心の中に理由がある。

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そんなことを話していたら『清水さんは社長だからそういう風に全て決められる。労働者にとってはそうはいかない。やりたい仕事、やりたくない仕事、やらなければならない仕事は選べないんだ』と言っていた。それも幻想だ。その人が言っていたのは『Aという会社にいて、BとCの仕事を任せられているとする。しかし、Bの仕事はやりたいことだけど、Cの仕事はやりたくない。でも、AにいるためにはCもやらなければならない』という論理だった。それは違う。Aという会社にいたい、Aで仕事をしたいと心から思ってるならBもCもやりたいと自分で選べる。

自分の外に『やりたくない』『やりたい』理由が存在してると思うと、振り回され続ける。『やりたい』と感じるモノに出会ってるうちはいいけど、『やりたくない』と感じるものであってしまったら不幸になる。これはものすごく不幸な生き方だ。自分でやりたいこととやりたくない事を選べないし、外から心を左右されている以上、外に振り回され続ける。そして、やりたくない事をやっている時とやりたい事をやっている時、人間の生産性は何百倍も違う。やりたい事もやりたくない事も自分で選べる人は常にやりたい事だけやれるから常に生産性が高い。結果、仕事もうまくいくだろう。それは『たまたまやりたい仕事にばかりやれる幸運をゲットした』からではなく『どんな事もやりたいかやりたくないと感じるのは自分の心が決めているから自分で選べる』と思ってる場合だ。

社長をしているとスタッフの悩みを聞く時間が必要になってくる。それは論理的な悩みじゃなくて感情的な愚痴、不満だったりする。そういうスタッフの愚痴や悩みを聞くのは多くの社長や上司にとって『やらなければならない事』だろう。本当はやりたくないし、愚痴や不満なんて言って欲しくない。めんどくさい。うっとうしい。自分の仕事をしたい。そう感じてしまう。愚痴を言う、不満を言うスタッフがいるから、それを解消する時間を取らなければならない、と考えてしまう。でも、私はそうは考えない。人間悩む時だってあるし、愚痴や不満が出るときもあるだろう。そういうスタッフと話すことは私にとって『やりたい事』なのだ。確かに下らない悩みや、つまらない愚痴もある、それらもひっくるめて『話を聞くことはやりたいこと』と自分で選べる。

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他にも、売上が思うように上がらないとか、裁判沙汰になるとか、資金繰りに悩むとか、社長をやっていたら色んな事が起きる。でも、それら全て私にとって『社長をやりたいのだから、やりたいこと』と選べる。一般的にネガティブなことも自分次第でやりたいことに変えられる。そもそも、そういうネガティブなことが嫌なら『社長を辞めたい』と思って辞めればいい。自己破産したらスッキリするし、社長なんかやらなくてもいい。しかし、私はやりたいからやっている。自分で選んでいるのだから社長としての仕事は全てやりたいことに変わる。これは労働者にとっても同じだ。やりたくないなら辞めたらいい。そういうと『しかし、食べていくためには仕事をしなくてはならない』となる。それが間違っている。『生きて行きたいし、美味しいものも食べたいし、快適に過ごしていきたいので仕事をしたい』と自分で変えればいい。やりたいこともやりたくないことも自分で選べる。

そして、自分で選んでやりたいことだ、と決められたら人間は無限の力が出る。やりたいことをやる人間の創造性、生産性はとてつもない。人生を『やらなければならない』で満たしてきた人や『やりたい事とやりたくない事と感じる理由は自分の外にある』と信じて生きてきた人は、自分の無限のパワーを実感しにくい。どうか少しでも『やりたい事かどうかは自分で決められる』と気づいて欲しい。そう感じる理由は全部自分の心が生み出しているのであって、自分の外に存在しない。

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嫌な仕事、楽しい仕事は全部自分で決める。嫌な人間関係も楽しい人間関係も自分が全部決める。嫌な仕事があるから嫌だと感じるわけではなく、楽しい仕事があるから楽しいと感じるのではない。嫌だと感じると自分で決めてるから嫌な部分しか見えない。楽しいと感じると決めているとから楽しい部分しか見えない。愛する人だってそう。恋愛だってそう。愛すると決めるから愛しい部分が見えるのであって、可愛いから、綺麗だから、美しいから、愛しいと感じるのではない。人間にとっては気持ち悪い毛虫も、鳥にとっては最高の美しいご馳走に見えるだろう。そんな必要性はないけど、別人間だって毛虫を見て自由自在に美味しそうだ!と感じる事が出来る。最高のフランス料理を見てまずくて最悪な見にくい食べ物、と感じる事も出来る。逆もまた然り。

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全部全部自分が決められる。それってとてつもなく私は素晴らしいことだと思う。こういう話をすると『でも、それは清水さんだから出来ることであって私には無理だ』と言う人がいる。それはそれでいいと思う。その人は『全部自分で決めたくない』と思ってるわけだ。『全部自分で決めるなんて嫌だ』と思いたい人にとって、全部自分で決められるよ、と言う考えは不都合きわまりない。自分で決めるなんて怖い、自分で感じるのを選べるなんて信じたくない、嫌な仕事があるから嫌なんだ!あの人が嫌なことをするから辛いんだ!病気があるからしんどいのであって、病気を選んでるんじゃない!!と『言いたいと選んでる』のだろう。潜在的に自分で選んでる以上、かわる時はあっという間に変わる。

権力者にとって『自分で選べる』という思想は大変危険だ。だから必死に自分で選ぶなんてとんでもない。先生の言うことを聞きなさい。親の言うことを聞きなさい。キャプテンの言うことを聞きなさい。監督の言うことを聞きなさい。上司の言うことを聞きなさい・・・という教育を行う。あなた自身が選ぶよりも他に任せた方がいいよ、と教える。

読書をし続けているとこれが外れてくる。だって、先生が自分より馬鹿だと気がついてしまう、政治家が自分より馬鹿だと気がついてしまう、親が自分より馬鹿だと気がついてしまう、上司が自分より馬鹿だと気がついてしまう、、、そこで苦しむときが来る。私はあの人より馬鹿だと思っていたのに、あの人のほうが馬鹿なの?そんなのおかしい!信じたくない!!と思うときが来る。それでも続けていたら、自然と反発することなく、自分は自分でやりたいことを選んでいいんだ、と気づけるときが来るだろう。そこに至るためには圧倒的な読書と論理的な思考が必要だ。Want toかHave toかは自分の心が生み出してる やりたい事もやらなければならない事も自分が産み出すことに気づいたらとても自由になる。それはとても素敵なことだ。さあ、今日も読もう。

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清水 有高

清水 有高Yukou Shimizu

ビ・ハイア株式会社 代表取締役

一ヶ月1,500〜3,000冊の読書をする読書家。昭和53年12月23日 滋賀県出身。滋賀県立大学人間文化学部卒業。2001年 人材紹介会社の創業メンバーの一人として営業担当取締役として活動。2005年 プロダクションアイジー(アニメ制作会社)に転職。経営企画室に配属。その後、2005年12月にビ・ハイア株式会社を設立。

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