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2014.03.17 MON - 読書ブログ

絶望した若者の犯罪は裁かれる。それではそんな社会を生み出したモノ達はどう裁かれる?

今日はいつもより多めに読書した。今日の読書は118冊だ。昨日、ジュンク堂書店で100冊以上新しい本を購入したので読書が進んだ。今日読んで特に印象的だったのは死刑のための殺人、チャイルドプアなどだ。人生と未来に絶望した人間が死刑を望み、誰でもいいからと殺人事件を起こした犯人をルポした本が死刑のための殺人だ。(土浦連続殺人次元についてはこちらをどうぞ。

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他にも色々読んだけど、子供の貧困問題について書いてあるチャイルドプアとこの本は繋がっていると感じた。もし、今の子供達が貧困のためにろくな教育を受けられず、社会からも保護されずに育ち、たいした学歴もスキルも無いまま社会に放り出されたとする。そこに蔓延するのは自己責任論だ。お前が悪い。お前が何とかしろ。自分の人生なんだから自分で何とかしろ、と言うことだ。それは確かに正しいのかもしれないが、貧困層の家庭に産まれることは自己責任なのだろうか?だとしたら、裕福な家庭に産まれた赤ちゃんは貧しい家庭に産まれるより努力をして頑張ったのだろか?そんなわけない。

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自己責任論で切って捨てるにはあまりにも大きすぎるハンデに絶望した若者達が事件をおこす。事件をおこした人間を犯罪者として国家が裁く。確かに犯罪を犯した人間は裁かれるだろう。それは間違いない。でも、貧しい子供達を作ることは国家の犯罪として誰も裁かない。私は大量の本を読んでいるけど、今、特に取り上げた二つの本以外も含め、全てに通じる事は『このまま放置すると社会はヤバい』ということだ。ただ、そのヤバい、という感覚はものすごく複雑で伝えにくい。伝えにくいからこそ気づきにくい。気づきにくいからこそ、日々の生活に埋もれていく。なんとももどかしい。

そんなヤバい感じを実感した。読書というのは現在の社会の恐ろしさ、矛盾、絶望を浮き彫りにしてくれる。しかし、それと同時に読書から現代で生き抜く希望と光を手にすることが出来る。自己責任論で切り捨てることは簡単だ。でも、切り捨てたと思った他人は、実は自分の心臓の可能性が高い。さあ、明日も読もう^^

本日の読書118冊。今月現時点で846冊。
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清水 有高

清水 有高Yukou Shimizu

ビ・ハイア株式会社 代表取締役

一ヶ月1,500〜3,000冊の読書をする読書家。昭和53年12月23日 滋賀県出身。滋賀県立大学人間文化学部卒業。2001年 人材紹介会社の創業メンバーの一人として営業担当取締役として活動。2005年 プロダクションアイジー(アニメ制作会社)に転職。経営企画室に配属。その後、2005年12月にビ・ハイア株式会社を設立。

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