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2016.05.09 MON - 読書ブログ

毒親との人生をかけた戦いに勝利するために 『母は娘の人生を支配する』斎藤環著を読んで

記事を読んでいただきありがとうございます。一月万冊の大下周平です。今回取り上げるのは『母は娘の人生を支配する』という本です。本書では報道の事例から2005年10月に報じられた16歳の女子高生が48歳の母親に対してタリウムを飲ませて殺害を謀った事件や、新聞への投書を取り上げその事件に潜む親子関係について様々なことを論じています。詳しいことは本書に譲るとして、注目すべき点はそういった事件の多くは母親と娘がほとんどであるということです。もちろん父親と娘というのもありますが、根が深くなかなか断ち切りにくいのが母と娘の関係性です。

それは家庭教育における時間のほとんどを母親が支配するという事情もあり、さらにその中においても娘は同性であるがために、自分自身の分身扱いをしてしまいがちです。自分と同じ感じ方や考え方を強要し、夫への愚痴などをきっかけに感情を共有しようとします。娘も娘で母親に同情し聞き役に徹していくことで母と娘の密着関係は進んでいき、どんどん強化されていきます。娘は母親の思いを胸に母親が成し遂げられなかったことを実現していこうとします。それがキャリアウーマンかも知れませんし、玉の輿に乗ることかも知れません。ですがこれらにおいて言えることは、すべて自分のために生きると言うことをしていないのです。仮に母親の願いが叶ったとして、それ自身本人が心から望んだことではないのは明白でしょう。もともと自身が感じ、新しい方向性を見いだし毛いけるはずだったのに、母親との一体化によりそれが醸成されることなく、母親の意向が根をはり思考を奪ってしまっているからです。そしてそれは娘自身本質的には自身の願いではないと言うこともわかっているので、玉の輿がうまくいったと思っても最終的に仮面夫婦になったりして、結局娘自身が幸せになれることはありません。

これもある意味当然と言えば当然のことで、自身が望んでいないことを強要されているのだから、結果としてどこかで鬱憤が蓄積し、それを娘に愚痴とともに与えていくという負のスパイラルが構築されることも目に見えています。結局母親の願い通りに過ごしたとして、娘自身がしたいことではないのですから、結局のところ誰も幸せになりませんし、すばらしい成果を得られることもありません。現状の延長線上でただただ老いていくだけになってしまいます。娘自身は今の願いや考え方が主に母親から共有された世界観であるという前提でまずは考えてほしいと思います。それが現状を打破し、自身が考える本当に生きたい人生を見いだす活路となります。

本書に書いてあることですが、自分で決めた自分の人生を歩むために実践することとして、母親がいなくなったとしても、その生き方を選択するかというように考えてみることを行って下さい。自分で選択したことなのか、洗脳されて決めていることなのか、それを判断する有効な材料となります。たとえば子ども産みたいと思っていることは、母親がいなくてもしたいことなのか。キャリアウーマンとして活躍したいというのは母親がいなくてもしたいことなのか。海外で活躍したいと言うことは母親がいなくてもしたいことなのか。今自分がしようと思っていること一つ一つにその考えを取り入れてみて下さい。母親がいなくてもしたいと思う生き方は自立度が高いと言えますし、逆に相手の不在が想像も出来ないというのは、かなり依存度が高く、自立からはほど遠いところにいると言えるでしょう。そんな人生にはおさらばして、自分の一度しかない人生なのですから、自分も含めて幸せになるための生き方を模索しましょう。自分だけが幸せであれば良いというのは違いますが、自分が幸せだと感じられず、ただただ母の言いなりになり母の望むことをかなえていく人生もまた違うと思います。まずは自分が幸せになることですし、その上で周囲の人も幸せにしていける人生こそ豊かな生き方がと思います。

最後に、本書の最終章に書かれていることとして、大切なことだと思いますので引用します。

母親自身を語る言葉が、娘の未来をも規定してしまうということ。そこに身体性の問題が深く絡むということ。(中略)母の言葉は、あたかも娘の身体に刻み込まれたように長く影響を残します。私の知る限りでも、多くの女性が「母に言われた忘れられない一言」の記憶に苦しんでいます。

本書終章 関係性の回復のために 「母の言葉」の作用を自覚する より抜粋

母親が中心となって子育てをするのであれば子どもの精神支配を言葉によってすることは容易です。今回さまざまな毒親に関する書籍を読んでいますが、毒親問題で苦しんでいる人は、親から言われた些細な一言をずっと覚えています。逆に親自身は言ったこと自体を忘れています。私も「あなたは橋の下で拾ってきたのよ」と言われてすごく不安になったし悲しかったということを母親に言ったところ、そんなこと言ったっけ?と返されたことがあります。そんな風に冗談のつもりでも子供の心には深く突き刺さる言葉がたくさんあります。私自身も拾ってきた子だと言われ続けたわけではないので、まだましですが、繰り返し何度も言われたら子供としては親の愛情を何としても獲得しようと自分を殺してひたすらいうことを聞くようになってしまうでしょう。そんな風に子供は簡単に支配できてしまいます。私自身がまだ子育てというものを経験していないので、自分が子供のころにあったことと、他の本からの引用をすることで伝えることしかできませんが、毒親関連の本にあるような、「あなたを生まなければよかった」「お母さんの言う通りにしないと地獄に落ちるよ」など、それらを言われ続けていたらきっと親に精神をコントロールされていたと思います。親のことを好きであればあるほど、言葉の威力はすさまじいものがあります。親本人が忘れてしまっている、何気ない一言をずっと40年近く覚えているのですから。

子どもの精神を支配してしまうような言葉や態度を投げかければ投げかけるほど、子どもは本来の自分の人生というものを歩むことができず、親の呪縛があるということさえわからないまま、苦しみ悩んで自分の本音と葛藤していくことになります。子どもとはいえ完全に別人格を形成している一人の人間です。自分の分身でもなければ、老後の面倒を見てくれる機械でもありません。一人に人間として尊重し、人間対人間という意味では対等な関係として関係構築に望んでほしいと思います。それがゆがんだ親子関係の負の連鎖を断ち切り、社会がよりよくなっていくための最善の手段ではないでしょうか。

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大下

大下 周平

一月万冊の清水と大学時代からの友人。ゲームが好き。清水にはじめて『こいつには絶対格ゲーで勝てない・・・!』と悔しがらせた男。彼と代表が対戦して勝てる可能性は5%以下。月に100〜300冊ほど読書をし、清水の会社で執行役員としても活躍!

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