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2016.05.05 THU - 読書ブログ

虐待 毒親 共感できる経験談『親という名の暴力』小石川真実著

oyatoiunanobouryoku毒親関連で一番分厚い本

一月万冊の大山です!本日も毒親関連の本のレビューをご紹介したいと思います。今回ご紹介するのは、『親という名の暴力』小石川真実さんの書かれた、小石川さん自身の経験談です。私はこの本を渋谷の丸善・ジュンク堂書店で購入しましたが、そこに並んでいる毒親やAC(アダルトチルドレン)関連本の中では一番分厚く、一番しっかりした装丁の本でした。てっきり学術的な解説がメインの本かと思っていましたが、開いてみると、誕生時から現在に至るまで微に入り細に入り母親や父親にどんな言葉で傷つけられ、どのように育ち、どのように歪んで今に至ったかということが書かれています。そうした「されたこと」を書くだけでもこれだけの厚さの本になると言うことは、1つ象徴的だとも思います。親からしたらしつけの一環だったり、言ったことも忘れているような出来事だったとしても、言われた方は子どもです。子どもにとって絶対的な存在である親から言われたこと、されたことは事細かに覚えていますし、その後の未来を決めるほどの大きな影響力を持って心を支配します。著者の小石川さんは東大現役卒業ののち、30年医者としてのキャリアを積み上げてきたエリートです。そして、この本は彼女が400字詰め原稿用紙7千枚ほどの文章量を10年かけて書いたものです。Amazonや読書メーターなどのレビューには、「よくこんなに覚えていられるものだ」とか「ここまで親の悪口を書き連ねられるのは精神病だからか」など心ないことが書かれていたりもしますが、これは、彼女に文章力があり、本にして自分の他にも悩んでいる娘たちや家族に経験を共有し悩みを克服して欲しいと願う思いがあったからであり、たまたま出版の機会に恵まれなかったり、いまだ親との対決を避け口を閉ざしている毒親の娘たちだってこのぐらい心に思っていることがあると考えて良いと思います。要はアウトプットする場がないのと、アウトプットして親を責めることを自分に許せていないということです。私も、ここ最近はこの一月万冊の場を借りて自分の経験談を書いていますが、それ以前は無意識に母の悪口を言い、悪口だとも思っていなかった状態が永く続いていました。


悪いことだと思っていないから悪口だと思っていなかった

私がこうして、文章で親からの虐待の内容を書くようになる前、私は頻繁に親の悪口を口にしていた、と職場の同僚や上司から聞いて、驚きました。私には、親の悪口を言っている自覚はなかったのです。というのも、口にしていたことは全て単なる事実であり、少し人と変わった「おもしろい経験」として語っていたつもりだったためです。例えば、妹にエンピツでまぶたを刺されたときのことですが、幸い眼球は傷つかなかったものの、目頭に黒いエンピツの跡と少し血をにじませて母親に「妹に刺された」と訴えに行った時のこと。妹は母親の後ろに隠れて泣きじゃくり、母は「妹がそんなことするなんてよっぽどあんたに嫌なことされたんでしょ、それなのに妹のせいにするなんて卑怯だ!」と私を叱りました。これを私はよくある姉妹のいざこざであり、母の気持ちも考えず妹を悪者にしようとした私の配慮が足りなかったせいでもあるので、そこをくみ取って上げなきゃ行けない姉って損な役回りだよね〜というテンションで周りに話していたつもりだったのですが、周りの反応は引き気味でした。後で聞いてみると、「母親の異常性を周りに話すのは悪口であり、聞いていて気持ちの良いものではない。」ということだったようです。しかし、私は母親のことを異常だと思っていませんでしたし、私が悪いから起きた出来事の一つで、終わった過去のこととしてネタにしていたつもりだったので、悪口を言っているという意識は全くありませんでした。


子どものせいにする毒親

毒親と呼ばれる親は、自らの主張を一番に通すために事実をねじ曲げて子どものせいにして子どもに「自分が悪いせいだ」と思い込ませ、行動をコントロールする傾向があります。私の場合は、母が怒るのも妹が何かをしでかすのも全て私が悪いと思わされていたせいで、世間一般から見て自分の家族の言動が普通なのかおかしいのかすらわからなくなっていました。そして、どんなに怒られても、私が悪かったんだと納得して過去のことにしてしまって、数分後には何事も無かったかのように笑顔で家の手伝いをするように仕向けられていました。いつまでもウジウジしていると更に怒られますし、「何が悪かったのか?本当に私が悪いのか?」と考えることはいけないことだからです。「私が悪い。」と思うことが解決でしたし、そう思い込むことによって悪い子は罰を受けて当たり前。だからつらくない。過去のダメな私の失敗はジョークにしてしまおう。そうすれば、悲しさは思い出さなくて済む。。。このようにして過去の辛かったこと・理不尽なことをジョークに変換してしまい込んでやり過ごしてきたツケが、大人になってからの話題ににじみ出て、対人関係を悪くしていきました。


shutterstock_286988390-330x220意識的に親の悪口を言うようになった

今、私が書いていることは親の悪口です。これは、気づかずに言っていたものとは違い、意識的に文章にしています。親との関係がうまく行っていると思いたい人ほど、人が親の悪口を言っているのを聞くと不快に思うかもしれませんが、実はうまく行っていると思っている人でも、無意識に親のコントロールを受けている場合もありますし、私のように自覚が無いままに親に傷つけられた不満を垂れ流してSOSを発している人もいるはずです。家庭ごとに起きていた事象は違えど、受けた心の辛さだったり共通する何かを感じ取ってもらえれば、自分が我慢していたこと・辛いと思っていることにも気づけると思うのです。

毒親に育てられた子供たちが、自分の人生を今後生きていくためには、親にされたことや、それによって辛い思いをしたことを事実として受け止めなければ成りません。いつまでも自分のせいだったと思い込んで目を背けるのは、今まで慣れ親しんできた方法として楽かもしれませんが、いつか破綻は来ます。私のように、知らないうちに周りの人に不快な思いをさせる悪口を垂れ流してしまっているかも知れません。子どもだったらそれでいいかもしれませんが、大人と言える年齢になって「悪口だと気づいていなかったです〜」というのはあまりに無責任です。大人は大人としてけじめをつけるためにも、悪口を言いたくないなら言わない。言いたいなら自己責任でとことん言う!と決める必要があります。私は今、ダメな親の悪口をあえて言うことによって、自分の子ども時代、自分が悪いことばかりでは無かったと浮かばれるようにしたいし、同じように悩んでいる人に同じ境遇の人間がいるんだよ、と寄り添ってあげたいと思っています。きっと小石川さんも同じ気持ちで自己と向き合い、嫌な記憶と戦いながら、これから未来を生きる同じ境遇の娘達のために書き上げたに違いないとます。私も著者と同じく、いままさに自分を責め、親に支配された子どもの状態から抜け出せない人達に寄り添い、引っ張り上げて上げたいと考えています。私が幼い頃の私を救い、認めて「君は悪くなかった」と言ってあげることで、ようやく大人になっていけるのだと思いますし、そうして立ち直った私を見て勇気を持つ人が増えればいいと思います。

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大山 莉加

大山 莉加Rika Ooyama

ビ・ハイア

ビ・ハイア株式会2010年に正式入社。 千葉県茂原市出身。昭和62年11月19日生まれ。 専修大学文学部2010年卒業。

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