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2016.05.05 THU - 読書ブログ

毒親からの脱出とその向き合い方 『母がしんどい』田房永子著を読んで



image記事を読んでいただきありがとうございます。一月万冊の大下周平です。今回取り上げるのはコミックエッセイの『母がしんどい』です。著者の田房さんの人生を振り返った漫画となっていますが、相当つらい子ども時代を過ごしています。いろんな毒親の本にあるように母親が周りを味方につけてすべて自分が正しいという論調で子どもに接したり、母親の言うとおりにしないと地獄に落ちると言わんばかりの対応であったり、自分の機嫌の悪いときに怒り、いいときには優しくするという子どもからすればいつ怒り出すかわからない状況で戦々恐々としていたと思います。そんな人生を過ごしてきた著者はいろんなところで毒親からの対応に心を壊され、いびつな対応をしたりして、人生が狂ってしまいました。まさに他の毒親の事例に合致する内容です。そして最終的に妊娠を機にカウンセリングを行い、一人で戦ってきて偉かったですねと精神科の先生に告げられました。そこから親からの呪縛と向き合い、解放される道標が出来ました。そしてそういった呪縛から解放されたのちに、今なら親とも調整しながらつきあうことが出来るかもと考えますが、それを頭で想像した翌日、体中から拒否反応が発生しました。それは両親との交流を体が拒否していると理解し、結局会わないと決めることで、体が再び楽になりました。

imageこれらのことから思うのは、一連の流れとして親からの呪縛は相当根深く一朝一夕で直るものではないですが、時間さえかければ必ず解放できると言うことです。そして親との関係は断ち切っても良いし、薄く一方的に連絡を入れるぐらいで十分だと言うことです。もともと私の場合、いろんな事例にあるようなひどいことをされてきたというわけではないのですが、きっとおかしなことは多々あったと思います。毎回毒親に関する記事を書いていて思うのは、もうネタがないなと思っていても、書いている内に思い出してくると言うことです。今回何を思ったかというと、母親に関して、母親の交友関係のあるいろんな人の話を聞きます。もちろんいい話も聞きますが、記憶に残っているという意味では悪い話が多かったり、あとは武勇伝的なものが多いです。特に私自身があまりよく思っていなかった同級生の親の話とかで悪い話を聞くと私も気分がすっきりしたりします。それ自身あまり良いことではないのですが、それがずっと続いていたこともあって変な状態だとは思っていませんでした。両親がそれぞれをけなすことはありませんでしたが、主に母親から他者の悪い話を聞くことはよくあったので、それも子どもの教育にとっては良くないことだったと思います。

母は私に対してとても愛情を持って接してくれましたが、やはり自分に出来なかったことを成し遂げてほしいという思いはあったと思います。勉学については父親が中卒、母親が高卒なので、そういう意味では大卒ということでかなえてあげられたと思います。高校は地元の進学校で大学も公立大学ということで、母親としては嬉しかったのではないでしょうか。特に毒親の話において出てくるのは母親の話が中心になりがちですが、それはよくわかる気がします。小学校三年生まで母親は専業主婦であり、パートもしていませんでした。小学校三年生の時に私にパートに出ても良いかと聞かれて、たくさん稼いできてね!と言ったことからパートに行くようになりました。家事もやりつつパートもして、その翌年には介護もあったのでかなり大変であったとは思います。そういう部分はすごいとも思いますし、よくできるなと心から感心する部分でもあります。

image毒親との付き合いにおいていろいろ読んで思うことは、すべてにおいて否定する必要もなければ、すべてにおいて肯定する必要もないということです。そもそもどちらかしかないというのは極端な話ですし、悪いところの記憶が頭をよぎりますが、きっといいこともあったはずです。その良い面も悪い面も持っているのがある意味普通のことであり、自分の両親においても普通の人なのだから当然のことです。でもどこかで自分の家は特別という思いであったり、自分の親は違うという思いを持ってしまいがちです。他人の話であれば、それはおかしいと言えることなのにもかかわらず、自分のことになるとついつい専用のフィルターを通じて論理的ではない判断を下すことがあります。そこに気づきましょう。自分を他人事のようにして扱うことは難しい部分もありますが、できるようになると結構勘違いしていたり、おかしなものの考え方をしていたことに気づかされます。その好例が親との関係です。私の友人で父親が借金するし暴力ふるうし家庭を一切顧みない典型的なダメ親で、どうつきあっていけば良いかと相談されたときに、そんな切ってしまえば良いしつきあう必要はないから連絡先を伝えることなく離れようと提案しました。友人はなんてことを言うんだという表情を浮かべて、最終的にそれはできない、だって親だし。と言いました。私はなぜそんな判断になってしまうのか理解できませんでした。今思えば、それがよくわかります。他人事として考えられていないというのももちろんですし、なにより親の呪縛から解放されていないがために、親子の縁を切るなんて言うのは悪魔の所行とも言うべき行動なのだと思います。

imageこれが恋人関係であれば、依存関係になってしまい出来ない場合もあるかも知れませんが、多くは関係を解消することも普通に思いつくでしょう。でも親子関係においてはこれがなかなかできない。どんなに嫌いな父親だったとしても娘がお父さんの近くにいないと高齢だし心配だと言って近くに住み続けるのも、すべては呪縛のせいです。そういう人生を過ごしても、誰も幸せにならないし、周囲の人も幸せにすることが出来ないでしょう。親子関係は最初に構築される関係でありながら、特に清算されることも見直されることも比較されることもなく続いてしまう恐ろしい関係です。そこにメスを入れ、子どものうちに親子関係においていったん綺麗にしてしまうのがすべてにおいて重要なことです。今からでも遅くはありません。遅すぎる反抗期を迎えてはどうでしょうか?親子関係の清算は自身の人生にとってとても有意義なことになると思います。波風立たない家庭は存在しませんし、なにかしら清算すべきことがあるはずです。そこに目を向けましょう。目を向けず、申し訳ないとか思ってしまったら、呪縛にかかっている証拠です。まずはその感情がわき起こる原因を自分で吟味してみることから始めてみましょう。そこから新しい人生の第一歩が歩み出せるようになります。

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大下

大下 周平

一月万冊の清水と大学時代からの友人。ゲームが好き。清水にはじめて『こいつには絶対格ゲーで勝てない・・・!』と悔しがらせた男。彼と代表が対戦して勝てる可能性は5%以下。月に100〜300冊ほど読書をし、清水の会社で執行役員としても活躍!

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