トップページ  » 読書ブログ  » 『年収が低いのは全て自己責任ではない』

2014.03.08 SAT - 読書ブログ

『年収が低いのは全て自己責任ではない』

こんなことを書くと仕事が出来る人ほど『???何言ってんの?』となるだろう。それはあなたが仕事が出来るが故に、視野狭窄に陥っている証拠だ。

年収が低いのは全て自己責任では無い、とはどういうことだろうか?ちょっと例え話をしてみたい。あなたが中学校にいたころ、


常に勉強し続けているAという生徒
常に遊び続けて勉強をサボるBという生徒

が友達にいたとしよう。A君はテストで100点を取った。B君は遊んでばかりいたので50点しかとれず、先生に小言を言われ、親からはもっと勉強しなさい!と怒られて、ゲーム機を取り上げられた。このエピソードにおいて、A君もB君も自己責任と言えるだろう。

では、このエピソードにある設定を追加してみたい。

A君は3人兄弟の末っ子。年が10才くらい離れた兄と姉がいて、とても兄弟仲がいい。だから、末っ子のA君は常に勉強でわからないところがあると教えて貰える。

B君も3人兄弟だけど、こちらは長男or長女だ。そして、親が離婚しているので、実家の家計を支えるために、朝5時に起きて新聞配達をしている。だから授業中とても眠い。勉強がしたくても出来ない。こうなった時、B君のテストの成績が悪いのは全て自己責任と言えるだろうか?自己責任だね!眠くても鉛筆を自分に刺して起きればいい!というようなことを言う人はよほどの冷血漢だろう。

ちなみに、私は中学校の頃新聞配達をしていた。高校生の大学受験前まで5年ほど続けた。ただし、私の場合は『アニメゲームマンガ代と小説代を稼ぎたかった!』からであり、家の家計を支えるためでは無い。しかし、この5年間の新聞配達時代には色んな人を見た。同じ職場で働く同年代がいたのだ。私より身体が小さくそれでも新聞を配達していた女の子もいた。なんでも、家計を支えるためらしい。彼女が今、どうなったかわからない。

だから、ここに書いてあるA君とB君のエピソードは充分この日本に存在しうるエピソードなのだ。勉強したくても出来ない。やりたくても家庭の事情で出来ない、と言う子供は沢山いる。なかには、経済的理由では無く、親の暴力、虐待が理由の場合もあるだろう。先天的な病気が理由の場合もある。色々な理由で『全て自己責任』というのは暴論なのだ。

ここの事情を無視して全て自己責任で子供達を切り捨てる社会はいい社会だろうか?それは良い社会ではないし、おそらく長期的に見れば国力の衰退を招くだろう。

これは子供に限った話では無く、大人になって年収を稼ぐようになってからも言えることだ。年収の多寡を全て自己責任論で語ろうとすると、とても危険な要素をはらむことになる。

昨日の下流社会について紹介した記事が思いの外反響があった。
https://www.facebook.com/monthlymansatsu/posts/275607962592861

年収300万円が下流と表現されている。なんという牧歌的な話だろう。私は年収300万円が本当に日本の下流、底辺であれば素晴らしいとおもう。夫婦二人で働けば家も持てるし子供も育てられる。しかし、そんなのは幻想だ。今は2014年。この本が出版されてから9年が経った。では、今から9年後の2023年は?その時には年収100万円、借金漬け、医療保険もない、が下流社会の定義になってる、いや、もっとひどいかもしれない。

みたいなことを書いたのだけど、じゃあ、どうしてこんな風に年収が下がってしまうのだろうか?少なくとも日本人の平均年収はここ15年で15〜20%下がっている。更に言えば、格差を示すジニ係数もどんどん拡大傾向にある。この状況は何で起こっているのだろうか?ここですぐに、経済のグローバル化だ!という人がいたらそれはあまりにも短絡的すぎる。じゃあ、経済のグローバル化を進めたいのは誰なのか?と言うことを考えた方がいい。経済のグローバル化は自然現象では無い。明確な意図を持って推し進められている一つの流れだ。

その中で、

『年収が低くなってしまったこと』
『正社員で無くなってしまったこと』
『なかなか、内定が貰えないこと』

などを全て自己責任として切り捨てるのだけは止めて欲しい。給料が安いことを全て自己責任で語ると社会全体で見るととんでもない間違いを犯す。そういうことに気がついて欲しい。

しかも、やっかいなことに『仕事が出来るビジネスマン』『経営がうまい社長』ほど全て自己責任論を持ち出やすい!こういう人間はやっかいだ(笑)これは自戒を込めて私も思う。私は20代の頃には年収1,000万超えていたし、経営もおかげさまでうまくいっている。そうなってくると、ともすれば仕事が出来ない奴は全てサボってる奴、努力してない怠け者に見えてくる。これはとても危険な事だ。

年収の多寡、売上/利益の多寡は一個人、一法人だけで決まるのでは無い。市場全体の状況、社会全体の状況によって大きく左右される。人口動勢だってかなり影響を与えるだろう。政策も相当影響を与える。そもそも、戦争になったり、地震と津波で原発が吹き飛んだら色んな会社が潰れるだろう。そんな時にも『年収が低いのは自己責任だ』などと言えるわけが無い。つまり、自分の経済的収入を決めている要因は、自分の仕事力、経営力以外の方が大きいのに、そっちを無視してしまうのだ。そうすると、全て自己責任だ!というビジネスマン、社長は視野が狭いことになる。結果的にそういう人は市場環境の変化について行けず倒産や失業を経験するだろう。

年収が低いのは全て自己責任では無い

そういうことを貧困問題、下流社会の本を読み直して思った。私は下流社会、格差社会がやってくるから努力しろ!なんて全く言いたくない。仕事は仕事として一生懸命やるとして、それ以外に『そもそもどうしてそういう社会になったのか?』というメタな視点、抽象度の高い視点を持ってみてほしい。読書とはそういうきっかけを持ついい機会だと思う。そんなわけで正月の休みの時くらい、貧困問題などに興味を持ってみてはいかが??

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

清水 有高

清水 有高Yukou Shimizu

ビ・ハイア株式会社 代表取締役

一月万冊 清水有高(しみずゆうこう)滋賀県出身。元不登校児、母子家庭育ち。ビ・ハイア株式会社代表取締役。滋賀県立大学人間文化学部卒業。ベンチャー役員、上場企業役員などを経験しコーチ、投資家、経営者として活動中。東京大学を始め各種大学でも講演多数。コーチングと読書を経営に活かし営業利益1億円以上、自己資本比率70%の会社を経営。8年間でスタッフ1人あたりの営業利益を100倍以上にする。

新着記事

人気ランキング